特定秘密保護法案に反対する会長声明
司法書士の使命は、国民の権利の擁護と公正な社会の実現にある。司法書士は、その使命を果たすため、公益的な活動に努め、公共の利益の実現、社会秩序の維持及び法制度の改善に貢献することを宣言している。 今般、国会に提出された特定秘密保護法案が、以下の通り、憲法に保障された国民の基本的人権を侵害するおそれが極めて高く、国民主権の原理に反することになるものであるので、当会は強く反対する。
本法案の概要
1.本法案は、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため特に秘匿することが必要である情報を、行政機関の長が、特定秘密として指定すると定めている。
2.そして、特定秘密の取扱いの業務に従事する者が特定秘密を漏えいした場合にこれを処罰するのみならず、一般市民においても、特定秘密を保有する者の管理を害する行為により特定秘密を取得した場合や、漏えいや不正取得する行為の遂行を共謀、教唆、煽動した場合にも処罰をする規定が置かれている。
3.さらに、特定秘密の取扱いの業務に従事する者がこれを漏らすおそれがないことについての評価(適正評価)を実施することが定められている。
これは、特定秘密の取扱いの業務に従事する者本人の犯罪及び懲役の経歴、情報の取扱いに係る非違、薬物の濫用、精神疾患、飲酒の節度、信用状態・経済的状況に関する事項のみならず、特定有害活動及びテロリズム等との関係に関する事項として、本人の家族及び同居人の氏名、生年月日、国籍、住所にまで及ぶとされている。
本法案の問題点
1.特定秘密と指定する範囲は、防衛に関する事項、外交に関する事項、特定有害活動の防止に関する事項、テロリズムの防止に関する事項に分類して定めるものの、その規定は抽象的で曖昧な表現にとどまっている。また、「我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがある」ことを判断するのは、その時々の行政機関の長であり、その基準は一定しない構造となっている。現に、今国会の審議においてさえ、具体的事例に関する評価について、内閣府特命担当相の答弁と内閣官房長官及び内閣情報調査室の見解とが食い違うという宿命的な欠陥を露呈した。
2.また、特定秘密の指定が適正な判断であるかどうかを監視するための仕組みは、何も具体的に規定されていない。
3.さらに、特定秘密の範囲が不明確であることに加えて、どのような場合に不正取得となるか、についても具体性・明確性を欠いている。この点についても、今国会の審議において、内閣府特命担当相の答弁と法務相及び国家公安委員長の見解とが食い違うという失態が演じられた。
当会が反対する理由
1.市民の「知る権利」が侵害される危険があること
「知る権利は『国家からの自由』という伝統的な自由権であるが、それにとどまらず、参政権(国家への自由)的な役割を演ずる。個人はさまざまな事実や意見を知ることによって、はじめて政治に有効に参加することができるからである。さらに、知る権利は、積極的に政府情報等の公開を要求することのできる権利であり、その意味で、国家の施策を求める国務請求権ないし社会権(国家による自由)としての性格をも有する点に、最も大きな特徴がある」(「憲法第三版」芦部信喜 高橋和之補訂)。
国家は、国家の有する情報を国民に適正に公開する実効性ある制度を構築し稼動した後に初めて、必要であれば、これを前提に、ごく例外的かつ制限的に秘密として公開をしない情報を定めるべきである。現在の情報公開制度においてさえ、市民が政治に参加するために必要な情報が十分に開示されているとは言えない状況下、さらに秘密の漏えい防止ばかりを強化するのは、国民主権原理に反する。
例えば本県は、浜岡原子力発電所を擁する。原子力発電所がテロリズムの標的になり得るとすれば、その情報が特定秘密に指定される可能性は極めて高い。そうなれば、市民が原子力発電所に関する情報を得る可能性は閉ざされ、有意義に議論し、意思決定をすることが困難となる。
2.市民の「経済活動の自由」を侵害するおそれがあること
特定秘密と指定する範囲が広範に渡り、その表現が網羅的・抽象的で曖昧であるということは、結局のところ、何をいつまで特定秘密とするのかが判然としないということである。
例えば、防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途に関する事項又は安全保障に関し収集した条約その他国際約束に基づき保護することが必要な情報その他の重要な情報として、防衛施設等の周辺の不動産登記情報又は不動産登記申請に必要な情報が特定秘密に指定された場合、不動産売買や不動産を担保とする融資等に基づく経済活動が停滞することになる。
3.罪刑法定主義に反すること
不正な手段で特定秘密を取得した場合や、漏えいや不正取得する行為の遂行を共謀、教唆、煽動した場合にも処罰をする規定を設けながら、特定秘密の範囲が不明確であることに加えて、どのような場合に不正取得となるか、についても具体性・明確性を欠いているのであるから、これが罪刑法定主義に反することは明らかであって許されない。
例えば、国家政策に反対する市民運動を起こす場合、世論に問いかけるための客観的な資料を収集する行為について、具体的にどうすることが特定秘密を保有する者の管理を害することになるのかあらかじめわかるようになっていなければ、恣意的な取締りを許すことになり、結果的に市民運動を封じる手段になり得る。ましてや、その共謀や、教唆、煽動とは、どういう行為を指すのか不明確であれば、団結することさえ萎縮させる効果を生じ得る。それは、国民よりも国家を優先する価値観を許すことにつながる。
4.市民の「思想・良心の自由」及び「プライバシーの権利」が侵害される危険があること
特定秘密の取扱いの業務に従事する者がこれを漏らすおそれがないことについての評価とは、とりもなおさずその者の内心を調査することに他ならず、規定そのものに思想・良心の自由を侵害する危険がはらんでいる。
また、適正評価の範囲が、特定秘密の取扱いの業務に従事する者本人の犯罪及び懲役の経歴、情報の取扱いに係る非違、薬物の濫用、精神疾患、飲酒の節度、信用状態・経済的状況に関する事項のみならず、特定有害活動及びテロリズム等との関係に関する事項として、本人の家族及び同居人の氏名、生年月日、国籍、住所にまで及ぶことは、当事者の関知しないところで望まない情報が内部的であっても蓄積されるおそれがあり、これに起因する差別や偏見を生む危険も考えられる。
例えば、本人の家族に成年被後見人(成年後見人は、精神上の障害により事理弁識能力を欠く常況にある場合に選任される)や生活保護受給者がいる場合を想定すると、そのこと自体は本人の業務に何ら影響はないはずでも、評価としてプラスに傾くことがないとすれば、暗黙の差別を生む土壌となる危険を指摘せざるを得ない。
5.なぜ、今、本法案が必要なのか、わからないこと
本法案は、提案理由として、「国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される」とされているが、これまでに重大な秘密の漏えい事件はほとんど起きていない。現在の制度において十分措置が可能であるはずであるのに、なぜ、今、新しい秘密漏えい防止の制度を構築する必要があるのか、十分な説明はなされていない。上記に述べてきた憲法に保障する国民の基本的人権の侵害の危険を冒してまで進めなければならない理由は、一向に判然としないままである。
それにもかかわらず、今国会での成立ありきの日程で事務手続きを進行させようとすることは、立憲民主主義の理念に反するものであって、到底許すことはできない。
本法案の問題点は多岐に渡るものであるが、以上のとおり、特に5点の理由を挙げて、反対の意を表明する。
平成25年11月26日
静岡県司法書士会 会長 西 川 浩 之